2012年度大田上のとんど
大田上のとんどの写真が手に入りました。
大田上のとんどの写真が手に入りました。
今年は色々なとんどを見て回りました。
地域により力強いものもあれば、か弱そうなものもありました。
「蚊無地区」
大田の神明祭は下地区、上地区とも12日(日曜日)午前、午後行なうようです。
大田下地区 12時から
今年は出来るだけ色々な場所のとんどを写そうと町をうろつき、やっと撮影してきました。
でも、一体何箇所でいつ行なうのかもわからず探すのは大変でした。
まずは「風早向」
また神明祭の時期になりました。
1月25日(水曜日)の中国新聞に「三原の大とんど」の記事が載っていました。
”一度見てみたいなあ”と思っていたところ、偶然三原で会議があり見ることができました。
記事によると、高さ18.5mもあるとの事でした。
昨年に続き今年も大田の神明祭に行って来ました。
今年のとんどは昨年に比べ少し小さいとのことでしたが、でもやはり凄い!
人々が小さく見えます。
いつもながら、燃え上がるとんどを必死でカメラに収めて来ました。
今年の神明祭は2月13日(日曜日)、安芸津町のあちらこちらで行なわれました。
風早東のとんどもいつものように青空に向かってそびえ立っていました。
2月28日、今年最後、東の神明祭が行なわれました。
残念ながら行事には参加できませんでしたが、しっかりお餅をいただきました。
今年は、「大田上地区」の神明祭に参加してきました。
以前より「物凄い」と聞いてはいましたが、本当に凄いとんどでした。
そのビッグなこと!!
高さが17mあるとのこと。2段の棚があり、上の棚からおもちがまかれました。
風早東地区の”神明祭”にやっと参加することができました。
今年こそは風早東の神明祭に参加しようと思っていましたが、今年も逃してしまいました。
今年最後の「とんど」だと思いますが、三津浜に見つけましたので撮影してきました。
「浜のとんど」は鉄骨で造られているとかで、風に吹かれても大丈夫なくらいに立派なとんどです。
「御幣」は、悪・災いを払い清めるためのものです。
風早東では5色(赤・黄・紫・緑・白)の紙で作られていますが、地区により多少違うようです。
御幣さんは祭が終了後各戸に1本ずつ配られます。
2月25日(日曜日) 今年最後の神明祭が行われました。
最後を飾ったのが、「風早東」と「風早向」
共に立派なとんどが造られていました。
文政二年(1819年)の「風早風土記」の中に左義長(とんど)の文字を見つけました。その箇所を抜粋します。
「正月十五日
三ケ日より神々へ供へたる餅、並に元日に汲み置く若水にて粥を炊く事旧例也、社寺へ詣り此日は「もち」とて家内休む、左義長の式は無御座候得共小児打寄り小き竹を裁き爆竹の真似を仕候」
「とんどの式はございませんが・・・」と書かれているようですが、今から188年前の風早にすでにとんどの慣習があったと考えると、なんだかすごい事だなあと思ってしまいました。
神明祭は「とんど」とも言われ、1年間の無病息災・五穀豊穣を祈り、各地で旧歴1月15日に行われる行事です。安芸津でも木谷・三津・風早などで順々に神明祭が行われています。私は今まで1度しか参加した事がないのですが、安芸津地方でも江戸時代から行われているとのことです。
長い竹を数本立て、お正月のしめ縄や書初めなどを焼き、その火で焼いたおもちを食べれば、1年中の病を除く事ができると言われています。
調べたところ、「神明の行事は全て東を優先し、神明は男神明(東)、女神明(西)の2体を巻く」と書いてありましたが、1対立っているのはそのことを表しているのでしょうか?
神明祭のことをよくご存知の方、どうぞ教えてくださいな。